新たなる侵入者は、ペラ1枚の不可思議ちゃん
ここ数日、私のSubstackタイムラインが“何か”に侵食されている。
いや、正確に言うなら――
ペラ1枚の女が、静かに増殖している。
彼女には顔がある。
でも、顔がない。
表情があるようで、ない。
感情が読めそうで、読めない。
ペラッペラの紙のような身体で、スッ……とこちらへ近づいてくる。
何も言わない。
何もしていないように見える。
なのに、確実に私の腹筋を破壊してくる。
なに、この存在。
なに、この温度感。
なに、この“見てはいけないものを見てしまったのに、もっと見たい”感じ。
その姿は異質なのに、どこか懐かしい。
たぶん、私の大好きな『邪神ちゃんドロップキック』のメドゥーサちゃんが、何らかの人生経験を経て、母性と虚無とサブカルの黒い霧をまとった姿を想起させるからかもしれない。
いや、違うかもしれない。
でも、もうそうとしか思えない。
このペラ1枚の中には、平成深夜アニメの残り香がある。
インターネット黎明期の個人サイトの湿度がある。
なさけなくも懐かしい青春の1ページがある。
日々のできごとをシュールにかけぬける足跡がある
サブカル系ヴィレヴァンの奥の棚に、なぜか1冊だけ置かれていた謎の本の気配がある。
つまり、危険だ。
かわいいとか、面白いとか、そういう単純な分類では処理できない。
これはもう、感情に直接差し込まれるタイプの“特級術物”である。
私は今、この文章を書きながら思っている。
私はいったい、何を書かされているのだろう。
誰に頼まれたわけでもない。
締切があるわけでもない。
冷静に考えれば、ペラ1枚の不可思議ちゃんについて語っているだけである。
なのに、指が止まらない。
これはレビューなのか。
感想なのか。
観察記録なのか。
それとも、しらすちゃんという存在に当てられた者の、感動のお漏らしなのか。
たぶん、全部だ。
しらすちゃんは、こちらの常識のすき間から入ってくる。
かわいい顔をしているのに、どこか不穏。
薄いのに、存在感が濃い。
無表情なのに、感情がこちら側で勝手に発生する。
ペラ1枚なのに、情報量が多すぎる。
もし、彼女のそのペラ1枚をそっとめくったら、何が見えるのだろう。
裏面にも顔があるのか。
何も描かれていないのか。
それとも、見た瞬間にこちらの情緒が石化する何かがあるのか。
もし感動で石化できるなら、それも悪くない。
その瞬間の「好き」を、永遠に閉じ込められるのだから。
だから私は今日も、タイムラインに現れるペラ1枚の侵入者を待っている。
笑っていいのか、震えていいのか、拝んでいいのか分からないまま、
また腹を抱えて、少しだけ心を持っていかれるのだと思う。
しらすちゃん。
あなたはペラい。
でも、刺さり方はまったくペラくない。


しらすさんのことかあああ!☺️✨
刺さり方はペラくない…まさにそれですね!
世界観をここまで言語化できるのもホント才能だなって感じます✨好きって、分析し始めると止まらないですよね!!!